入居企業インタビュー#38 株式会社ふくぷろ 狩野 祐人さん
今回は主にイベント運営を手がける株式会社ふくぷろにて、浜通り現地で活動する狩野祐人さんにお話を伺いました。
Q1. 主な事業内容を教えてください
株式会社ふくぷろは、福島の魅力を多くの方々に知っていただくためのイベント会社です。表参道に拠点を置く株式会社アドギルド・ジャパンのグループ会社ですが、ふくぷろは特に浜通り地域を中心とした福島県内に特化して事業を展開しています。
主な取り組みは、福島県産の食材を扱った大規模イベントや、浜通り地域の“今”を正しく伝えるツアーの企画・運営です。
「スイーツ甲子園 ふくしまチャレンジカップ」では、大熊町・富岡町・楢葉町・広野町の特産物を使い、高校生がスイーツのレシピを競いました。株式会社ReFruitsのキウイを使った商品開発など、地域企業との協働も積極的に行っています。さらに、チャレンジカップの延長線として、参加シェフと高校生が共同で開発したスイーツの商品化にも取り組みました。
あわせて、今年の夏には「富岡町の今を知るツアー」の企画・運営も担当しました。首都圏から親子連れ11組が参加し、農家での収穫体験や地域の生業に触れる内容を用意しました。一般的な観光ツアーが施設の見学に偏りがちな一方で、ふくぷろは“現地で暮らす方々と一緒につくる体験”を重視しています。地元との距離が近いからこそ実現できる企画であり、ふくぷろならではの価値だと考えています。
イベント以外でも、地域の魅力を伝える広報動画の企画や制作に携わることがあり、媒体を問わず「どのように伝えるか」を軸に活動の幅を広げています。
Q2. なぜふくぷろに入社しましたか?
きっかけは、南相馬市で地域の魅力発信に取り組む株式会社アドギルド・ジャパンと出会ったことでした。私は東京出身ですが、音楽家である母が震災後に南相馬市で歌を届ける活動を続けており、その手伝いをするために足を運んでいました。
高校卒業後は音楽の道を志し、作詞家の養成スクールに通いました。しかし、所属には至らず、訪問販売で生計を立てながら個人で曲をつくり、毎月リリースを続ける日々でした。ライブの方法もわからず、音楽仲間もいないなかで、「どうしたら音楽を続けていけるのか」を模索しながら活動していました。
その時期、母が南相馬で立ち上げていた歌とダンスの活動「トモダチプロジェクト」が広がり、子どもたちが自然と集まる輪ができていました。震災から10年以上続くプロジェクトで、その手伝いを通じて地域に関わる時間が増えていきました。
コロナ禍を迎えると、東京での生活にさみしさや孤独を感じるようになりました。一方で南相馬市は、放射能災害を経験した地域だからこその前向きさがあり、人との距離を保ちながらも地域で支え合う空気がありました。必要な対策をしながら、過剰に恐れすぎずに日常を続けていく姿勢に触れ、私自身も自然と南相馬で過ごす時間が長くなりました。行き来が批判されやすい時期でもあり、南相馬に滞在し続ける期間が増えたことも影響しました。
当初は「東京で働いたほうが収入になるのに」と母の活動を否定的に見ていた時期もありました。しかし、実際に手伝い、地域の人たちと関わり、子どもたちの変化を間近で見るうちに、「自分もこの地域のために力を発揮したい」と思うようになりました。
コロナが落ち着き、イベントが再び増え始めた頃、アドギルド・ジャパンと仕事をする機会が生まれました。アドギルドの社長は、母と同じ高校の先輩で、福島のイベントを通じて久しぶりに再会したことが縁となり、私もイベントに呼んでもらえるようになりました。
そのなかで、自分はイベントが好きだと実感するようになりました。地域の方々と交流しながら魅力を伝えていくプロセスに大きなやりがいを感じ、アドギルド・ジャパンでアルバイトとして働き始めました。現地担当として活動するようになり、その後、浜通りの地域事業を担うふくぷろの社員となりました。

Q3. 今後の目標はありますか?
今後取り組みたいことの一つは、浜通り地域の子どもたちが多様な体験に触れられる場をつくることです。小さい頃の経験は、その後の選択肢や価値観に大きな影響を与えると考えていますが、この地域には習い事や体験の機会が少ないという課題があります。だからこそ、日常の中では触れにくい活動に出会える場を定期的に設けたいと考えています。
その一環として、双葉郡のどこかの町で、子どもたちを対象にしたフェスティバルができないか企画を検討しているところです。しかし、双葉郡の自治体や近隣地域の子どもたちが集まり、楽しく学べるような企画を形にできればと考えています。
Q4. OICに入居したきっかけや活用方法について教えてください
双葉郡でのイベント企画や地域連携の仕事が多いとき、現地で腰を据えて作業できる場所として活用しています。
OICは双葉郡の各町へすぐに動くことができるため、地域での仕事が続く時期はOICを拠点にすることで、現地対応のスピードを保つことができています。
また、企画の方向性に迷ったときや、地域の目線で意見がほしいと感じたときには、OICの方々に相談することがあります。地域に根ざした視点から助言をいただけるため、企画の質を高める場としても活用しています。
Q5. 普段はどんな生活をしていますか?
イベントでは出演して歌うこともありますが、最近は企画や演出といった「つくる側」の仕事が増えています。どんなイベントにすれば参加者が喜んでくれるのか、どういう流れだと心に残るのかを考える時間が好きで、日常の中でも自然とそのことを考えています。
イベントづくりと音楽は、いずれも「演出」を通じて人の心を動かす点で共通しています。自分はその演出を考えることが好きなのだと思います。イベントをどのように形にしていくかを考える時間がそのまま生活の一部になっており、日々の仕事にも直結しています。
Q6. おすすめしたい○○について教えてください
私がおすすめしたいのは「トモダチプロジェクト」です。外から見るとダンススタジオのようにも見えますが、実際は歌とダンスを通して地域のつながりをつくる活動で、震災後に南相馬市で立ち上がりました。
背景には、東京の杉並区と南相馬市が震災前から災害協定を結び、野球などを通じて交流があったことがあります。私自身もその世代で、震災直後に南相馬の子どもたちが泥だらけのバットを使っている姿を見て「津波で流されたから」と聞いた時、初めて震災の現実を強く感じました。母も同様の衝撃を受け、何か力になりたいという思いから歌をつくり、子どもたちと歌い踊る活動が始まりました。
その後、南相馬で愛されているパン屋「パルティール」をテーマにした曲を制作したことが大きな転機となりました。震災後、店を再開できない状況でもパンを焼き続けた姿勢が地域の象徴となり、その歌は地元のスーパーでも流れるほど親しまれる存在になりました。この曲をきっかけに、地域で活動する「みんな共和国」の方々から歌づくりの依頼があり、2012年には段ボールの遊園地をテーマにした「みんなのうた」が誕生しました。ボーカルを務めたのはアニメ『ポケットモンスター』の主人公・サトシ役で知られる松本梨香さんで、杉並と南相馬で一緒に歌って踊るイベントも開催されました。
当初は1回の発表会で終わる予定でしたが、南相馬の子どもたちが「またやりたい」と声を上げたことで、活動は毎年続くようになりました。事業化は難しく、初期はクラウドファンディングで支えられ、のちに復興庁の支援を受けながら継続してきました。
今では、南相馬だけでなく、浪江町、富岡町、そして少しずつ大熊町にも広がりつつあります。歌とダンスというシンプルな活動ですが、地域の人々をつなぎ、子どもたちの成長に寄り添う存在になっています。ふくぷろが取り組む地域魅力発信とも深く重なる活動であり、自分自身の原点でもあるため、とても大切なプロジェクトだと感じています。
Q7. あなたにとっての福島県・大熊町とは?
私にとって福島県、そして大熊町は「未来を向いている場所」です。地域の方々も、新しい取り組みも、どこか共通して前を向いていて、これからの可能性を一緒につくっていく空気を感じます。
大熊インキュベーションセンター(OIC)は、その象徴のような存在だと思います。建物としてのポテンシャルが高く、使い方次第でまだまだ広がる場所です。もっと活用の幅を広げていきたいと感じています。
もし筋トレルームのような設備ができたら、さらに最高です(笑)
私自身も、この地域が向かう未来のなかで、自分にできることを積み重ねていきたいと思っています。